言いたいことがある。そのために三日を使うべきではない
言いたいことがある。そのために三日を使うべきではない。
題材を選び、資料を調べ、原稿を書き、録り、切り、字幕を付ける——どの一歩も、それだけで人を諦めさせるに足りる。だから、言うつもりだった多くのことが、結局言われずに終わる。煩わしい工程は代わりに背負ってくれる。原稿と出典は一手で引き継がれ、録り終えたものを放り込めば、文字を直すことがそのまま編集になる——一文消せば、動画もその一文だけ短くなる。あなたは話すことだけすればいい。残りはそれがやる。しかも最初から最後まで、あなた自身の声のままだ。
たった今録ったひと続き、あるいはリサーチ側で仕上がった原稿。それに目標を一言:「三分に収めて。」
字幕付きの完成版、あるいは使い慣れた編集ソフトでそのまま開けるプロジェクト。
中に入っているもの
敷居が、またげる高さまで下がる
文字起こしがそのままタイムラインだ。文字を見ながら消せば、動画もついて変わる。話し始めるために、まず編集ソフトを覚える必要はない。
観客が聞くのは、ずっとあなただ
デジタルヒューマンの姿は作らないし、機械音を主音声にすることもない。あなたが一語言い間違えたときにだけ、その一語をクローン音声で埋める。しかも、あなたが頷いてからだ。
もう一度コピーして貼り直さなくていい
事実確認を通した原稿が、出典を付けたまま直接やってくる。あのとき見たのはどの記事だったかを、あとから探し直さずに済む。
いちばん面倒な一時間を、代わりにやってくれる
「えーと」「あの」、言いよどみ、間、読み違えた名前、脱線したひと続き。全部印を付けて、ワンクリックで採用も無視もできるようにしてくれる。
絵が足りない、数字が足りない。途中で抜け出さなくていい
図表の数字が足りなければリサーチ側へ取りに行き、出典を付けて戻ってくる。差し込みの絵や、どこにも存在しない映像が足りなければ探しに行き、合うものがなければその場で作る。三つのサイトを開いて行き来しなくていい。
一つの道具に閉じ込められない
Final Cut や Premiere で開けるプロジェクトとして書き出せる。開けば、さっきまでのその版そのままだ。自分で仕上げたくなったら、いつでも引き取れる。
完成版はあなたの作品であって、それの出力ではない
どの一言を残すか、どの映像を使うか、いつ出すか。どれもあなたが決める。代わりに投稿することはない。どのプラットフォームにもだ。
なぜ信じられるのか
言うつもりだった多くのことが結局言われずに終わるのは、着想がなかったからではない。あいだの六つの工程が、人を諦めさせるからだ。その六つを背負ってくれるから、あなたに残るのは「話す」という一つだけになる。